2010.10.28
[イベントレポート]
『風に吹かれて―キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像』Q&A 10/28(木) @シネマート六本木
台湾映画界を牽引する“世界標準”のキャメラマン=リー・ピンビン。その類まれなる映像哲学と、あふれんばかりの家族への想いを、シャープな映像で切り取った傑作ドキュメンタリーが『風に吹かれて―キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像』です。東京国際映画祭では2回目の公式上映となる10月28日にも、クワン・プンリョン&チアン・シウチュン両監督によるQ&Aが行われました。
ともに東京国際映画祭には初参加となる両監督ですが、チアン監督はアシスタント時代に『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)の仕事で、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督,リー・ピンビン撮影監督らと一緒に来日経験があるとのこと。以来、ひさびさの東京、しかも自作を引っさげての凱旋に、感慨深げなご様子でした。
さて、Q&A第1問目は「最後まで身を乗り出すように観ていた」という男性のお客様から。
「映画の最初と終わりの方で、台湾語―これはお客様の勘違いで、実際には広東語―での、映画についての哲学のような男性のナレーションが流れるが、あれの狙いは?」という質問に、まずマイクをとったのはクワン監督。
いわく、ナレーションをされたのは監督ご自身で―ご自身は「経費節減のため」と笑いながらおっしゃっていましたが、プロのナレーターも顔負けの美声にふるえます―、ナレーション台本を執筆したのは、前半パートはクワン監督、後半はチアン監督とのこと。その内容には、3年間にわたる取材で得たリー・ピンビンさんの言葉と、クワン&チアン監督のリー・ピンビン撮影監督への想いが込められています。
また、このナレーションを(劇中使用される言語のほとんどは標準中国語であるにもかかわらず)あえて広東語で行った理由は、香港人であるクワン監督の母語が広東語であること、そして「一歩引いた視点から、作品(の物語)を語りたかった」という意図があったそうです。
続いてマイクをとられたのがチアン監督。
『風に吹かれて~』では3回ナレーションが流れますが、その一番最後、台湾の国家文芸賞を受賞したリー・ピンビンさんの“言葉”を代読したのはチアン監督。このナレーションもまた、クワン監督同様に素晴らしいものだったのですが、じつは別の女性ナレーターで1回録音をしたものの、その出来に満足できず、自らマイクの前に立ったということでした。
Q&A第2問目は、『風に吹かれて~』に登場する是枝裕和監督同様に「『恋恋風塵』でホウ・シャオシェン映画にやられた」という男性から。
「リー・ピンビンさんが(不遇の)香港時代にアクション映画を撮影していた、という、張艾嘉(シルビア・チャン)監督の言葉が意外だったのですが・・・」という彼に、クワン監督は「リー・ピンビンさんは、香港に渡って約10年間、名声を得ることができませんでした。その間には、(彼の得意とする文芸映画ではなく)アクション映画をはじめ、ホラー映画の撮影をしたこともあります。その結果、次第に注目を集めていった彼は、王家衛(ウォン・カーワイ)監督と出会い、『花様年華』(01)のキャメラマンを務めることになるのです」とコメント。
これを引き継いだチアン監督は「リー・ピンビンさんは基礎がしっかりしているので、どんな作品でも撮影はできるのです。台湾ではアクション映画がつくられることがあまりなかったので、その機会はなかったのですが、いま、彼は大きな台湾アクション映画を撮影中です」と話されました。
もちろん、このお言葉に「その作品は何ですか?」という質問が出たのですが、なぜかチアン監督は口ごもり「監督は蔡岳勳(ツァイ・ユエシュン)さんです」と答えるのみ。ツァイ監督が現在撮影中の作品は、大ヒットテレビドラマ『ブラック&ホワイト(原題:痞子英雄)』の映画版であるというのは周知の事実なのですが・・・?
第3問目は女性のお客様からの質問。
「この作品を観たリー・ピンビンさんの感想は? また、台湾での評判は?」
この『風に吹かれて~』は、本年6~7月に行われた台北電影節(映画祭)内のコンペティション=台北電影奨で、グランプリにあたる100萬元大賞をはじめ、最優秀ドキュメンタリー賞,編集賞の3賞を受賞しているのですが、その点については司会者からのフォローがあった後に、マイクをとったチアン監督から「私たちふたりは、リー・ピンビンさんにとても残酷なことをしてしまいました」と、衝撃のコメントが。
というのも、撮影中、編集中を通して、両監督はリー・ピンビンさんには一切作品を観せず、彼は2009年の金馬國際影展―毎年11~12月に行われる、台湾を代表する国際映画祭。この映画祭の閉幕後すぐに開催される金馬奨授賞式は、台湾のアカデミー賞授賞式とも呼ばれています―でのワールドプレミアで、観客と一緒にはじめて観たというのです。その鑑賞後、リー・ピンビンさんは「自分はこんな風に話すのか・・・」と、自身の“語り口”に興味を抱かれていたとのこと。さらに、台湾からの情報によれば、『風に吹かれて~』でのインタビュー取材は2回行われたそうなのですが、リー・ピンビンさんは「まだまだ話し足りない(笑)」と、ちょっとだけ不満気でもあったようです。
また、台湾での観客の評判はというと、映画ファンが熱狂するのはもちろんですが、あまり映画に興味のない人でも心に響くものがあったようです。
チアン監督の分析によれば、それは「いい映画を撮影するというリー・ピンビンさんの夢、そのために家族と離ればなれになってしまうという苦労もあるものの(作品の最後のナレーションで、リー・ピンビンさんは家族の大事さを再確認しますが)、その夢を追う姿勢に、さまざまな環境の人が共鳴したのではないでしょうか」ということでした。
ここで、司会者からも質問が。
「作品の中でリー・ピンビンさんが葉っぱと話しをされていましたが、普段からああいう感じの方なんですか?」
この質問にはクワン監督が「あのシーンでは、いつものリー・ピンビンさんをカメラにおさめることができました」と、回答を。
クワン監督の弁によれば、リー・ピンビンさんは「植物だけではなく、建物とも、天気とも話しをする」のだそうで、これは彼とよくコンビを組むホウ・シャオシェン監督も同様で、子供のような心を持った、愛すべき人物であるということでした。また、このリー・ピンビンさんの“日常”は彼の撮影スタイルにも大きな影響を与えているようで、技術偏重に走りがちな近年の映画撮影の世界で「天地と対話しながら撮影を進めていく」リー・ピンビン スタイルが確立されたのは、彼の生き方ゆえのものであるといえそうです。
最後の質問も「人生初の台湾映画は『恋恋風塵』でした」という女性から―ちなみに、彼女は2番目の質問をされた男性の奥様でした―。
「映画監督にとって、キャメラマンというのはどのような存在なのですか?」というその難問(?)に、クワン監督は回答に窮してしまったため、まずはチアン監督からご回答。
「作品の中でホウ・シャオシェン監督が語られていたように、映画のキャメラマンとは、まさに監督の目となって、監督が撮りたい画をフレームにおさめる存在であってほしいと思います」
撮影に関するすべてをキャメラマンにゆだねることができれば、監督は俳優の演出に専念できる。この理想的な関係性こそが、チアン監督の求めるものなのです。
チアン監督は、アシスタント時代から多くのキャメラマンと仕事をしてきました。彼らの多くは、技術的にはとても優れたものをもっていたのですが、映画で描かれる“物語”を完全に把握して撮影に臨んでいる人物は、リー・ピンビンさんをはじめ、ほんの一握りしかいなかったそうです。とくに、ホウ・シャオシェン監督の現場では「(基本的には)リハーサルは一切行わない」ので、そのシーンでは俳優が「どのように動くか(どのように動いてほしいと監督が考えているか)」をイメージしてキャメラを回さなければならないため、キャメラマンに求められるスキルは尋常でないほど高く、それはすなわち、リー・ピンビンさんにしかできないことなのだということでした。
そして、最後にマイクをとったクワン監督は、リー・ピンビンさんの撮影スタイルを「人(俳優)の心をしっかりととらえて、それにあわせて光を操る」ことと「時間の流れを重視して、画をつくりあげていく」ことと評価。その上で、映画キャメラマンとは「生きることの信念を持っている人物であり、そして、我々が見たこともないようなものを、キャメラのレンズを通して見せてくれるような人物(であってほしい)」とまとめたのでした。
チアン・シウチュン監督、クワン・プンリョン監督
TIFF公式サイト オリジナルインタビュー
『風に吹かれて―キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像』
→作品詳細
ともに東京国際映画祭には初参加となる両監督ですが、チアン監督はアシスタント時代に『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)の仕事で、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督,リー・ピンビン撮影監督らと一緒に来日経験があるとのこと。以来、ひさびさの東京、しかも自作を引っさげての凱旋に、感慨深げなご様子でした。
さて、Q&A第1問目は「最後まで身を乗り出すように観ていた」という男性のお客様から。
「映画の最初と終わりの方で、台湾語―これはお客様の勘違いで、実際には広東語―での、映画についての哲学のような男性のナレーションが流れるが、あれの狙いは?」という質問に、まずマイクをとったのはクワン監督。
※10/25 TOHOシネマズ 六本木ヒルズ Screen5での上映後、Q&Aに登壇されたクワン監督
©2010 TIFF
©2010 TIFF
いわく、ナレーションをされたのは監督ご自身で―ご自身は「経費節減のため」と笑いながらおっしゃっていましたが、プロのナレーターも顔負けの美声にふるえます―、ナレーション台本を執筆したのは、前半パートはクワン監督、後半はチアン監督とのこと。その内容には、3年間にわたる取材で得たリー・ピンビンさんの言葉と、クワン&チアン監督のリー・ピンビン撮影監督への想いが込められています。
また、このナレーションを(劇中使用される言語のほとんどは標準中国語であるにもかかわらず)あえて広東語で行った理由は、香港人であるクワン監督の母語が広東語であること、そして「一歩引いた視点から、作品(の物語)を語りたかった」という意図があったそうです。
続いてマイクをとられたのがチアン監督。
『風に吹かれて~』では3回ナレーションが流れますが、その一番最後、台湾の国家文芸賞を受賞したリー・ピンビンさんの“言葉”を代読したのはチアン監督。このナレーションもまた、クワン監督同様に素晴らしいものだったのですが、じつは別の女性ナレーターで1回録音をしたものの、その出来に満足できず、自らマイクの前に立ったということでした。
※10/25 TOHOシネマズ 六本木ヒルズ Screen5での上映後、Q&Aに登壇されたチアン監督
©2010 TIFF
©2010 TIFF
Q&A第2問目は、『風に吹かれて~』に登場する是枝裕和監督同様に「『恋恋風塵』でホウ・シャオシェン映画にやられた」という男性から。
「リー・ピンビンさんが(不遇の)香港時代にアクション映画を撮影していた、という、張艾嘉(シルビア・チャン)監督の言葉が意外だったのですが・・・」という彼に、クワン監督は「リー・ピンビンさんは、香港に渡って約10年間、名声を得ることができませんでした。その間には、(彼の得意とする文芸映画ではなく)アクション映画をはじめ、ホラー映画の撮影をしたこともあります。その結果、次第に注目を集めていった彼は、王家衛(ウォン・カーワイ)監督と出会い、『花様年華』(01)のキャメラマンを務めることになるのです」とコメント。
これを引き継いだチアン監督は「リー・ピンビンさんは基礎がしっかりしているので、どんな作品でも撮影はできるのです。台湾ではアクション映画がつくられることがあまりなかったので、その機会はなかったのですが、いま、彼は大きな台湾アクション映画を撮影中です」と話されました。
もちろん、このお言葉に「その作品は何ですか?」という質問が出たのですが、なぜかチアン監督は口ごもり「監督は蔡岳勳(ツァイ・ユエシュン)さんです」と答えるのみ。ツァイ監督が現在撮影中の作品は、大ヒットテレビドラマ『ブラック&ホワイト(原題:痞子英雄)』の映画版であるというのは周知の事実なのですが・・・?
第3問目は女性のお客様からの質問。
「この作品を観たリー・ピンビンさんの感想は? また、台湾での評判は?」
この『風に吹かれて~』は、本年6~7月に行われた台北電影節(映画祭)内のコンペティション=台北電影奨で、グランプリにあたる100萬元大賞をはじめ、最優秀ドキュメンタリー賞,編集賞の3賞を受賞しているのですが、その点については司会者からのフォローがあった後に、マイクをとったチアン監督から「私たちふたりは、リー・ピンビンさんにとても残酷なことをしてしまいました」と、衝撃のコメントが。
というのも、撮影中、編集中を通して、両監督はリー・ピンビンさんには一切作品を観せず、彼は2009年の金馬國際影展―毎年11~12月に行われる、台湾を代表する国際映画祭。この映画祭の閉幕後すぐに開催される金馬奨授賞式は、台湾のアカデミー賞授賞式とも呼ばれています―でのワールドプレミアで、観客と一緒にはじめて観たというのです。その鑑賞後、リー・ピンビンさんは「自分はこんな風に話すのか・・・」と、自身の“語り口”に興味を抱かれていたとのこと。さらに、台湾からの情報によれば、『風に吹かれて~』でのインタビュー取材は2回行われたそうなのですが、リー・ピンビンさんは「まだまだ話し足りない(笑)」と、ちょっとだけ不満気でもあったようです。
また、台湾での観客の評判はというと、映画ファンが熱狂するのはもちろんですが、あまり映画に興味のない人でも心に響くものがあったようです。
チアン監督の分析によれば、それは「いい映画を撮影するというリー・ピンビンさんの夢、そのために家族と離ればなれになってしまうという苦労もあるものの(作品の最後のナレーションで、リー・ピンビンさんは家族の大事さを再確認しますが)、その夢を追う姿勢に、さまざまな環境の人が共鳴したのではないでしょうか」ということでした。
ここで、司会者からも質問が。
「作品の中でリー・ピンビンさんが葉っぱと話しをされていましたが、普段からああいう感じの方なんですか?」
この質問にはクワン監督が「あのシーンでは、いつものリー・ピンビンさんをカメラにおさめることができました」と、回答を。
クワン監督の弁によれば、リー・ピンビンさんは「植物だけではなく、建物とも、天気とも話しをする」のだそうで、これは彼とよくコンビを組むホウ・シャオシェン監督も同様で、子供のような心を持った、愛すべき人物であるということでした。また、このリー・ピンビンさんの“日常”は彼の撮影スタイルにも大きな影響を与えているようで、技術偏重に走りがちな近年の映画撮影の世界で「天地と対話しながら撮影を進めていく」リー・ピンビン スタイルが確立されたのは、彼の生き方ゆえのものであるといえそうです。
最後の質問も「人生初の台湾映画は『恋恋風塵』でした」という女性から―ちなみに、彼女は2番目の質問をされた男性の奥様でした―。
「映画監督にとって、キャメラマンというのはどのような存在なのですか?」というその難問(?)に、クワン監督は回答に窮してしまったため、まずはチアン監督からご回答。
「作品の中でホウ・シャオシェン監督が語られていたように、映画のキャメラマンとは、まさに監督の目となって、監督が撮りたい画をフレームにおさめる存在であってほしいと思います」
撮影に関するすべてをキャメラマンにゆだねることができれば、監督は俳優の演出に専念できる。この理想的な関係性こそが、チアン監督の求めるものなのです。
チアン監督は、アシスタント時代から多くのキャメラマンと仕事をしてきました。彼らの多くは、技術的にはとても優れたものをもっていたのですが、映画で描かれる“物語”を完全に把握して撮影に臨んでいる人物は、リー・ピンビンさんをはじめ、ほんの一握りしかいなかったそうです。とくに、ホウ・シャオシェン監督の現場では「(基本的には)リハーサルは一切行わない」ので、そのシーンでは俳優が「どのように動くか(どのように動いてほしいと監督が考えているか)」をイメージしてキャメラを回さなければならないため、キャメラマンに求められるスキルは尋常でないほど高く、それはすなわち、リー・ピンビンさんにしかできないことなのだということでした。
そして、最後にマイクをとったクワン監督は、リー・ピンビンさんの撮影スタイルを「人(俳優)の心をしっかりととらえて、それにあわせて光を操る」ことと「時間の流れを重視して、画をつくりあげていく」ことと評価。その上で、映画キャメラマンとは「生きることの信念を持っている人物であり、そして、我々が見たこともないようなものを、キャメラのレンズを通して見せてくれるような人物(であってほしい)」とまとめたのでした。
チアン・シウチュン監督、クワン・プンリョン監督
TIFF公式サイト オリジナルインタビュー
『風に吹かれて―キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像』
→作品詳細