2010.10.27
[インタビュー]
コンペティション『一粒の麦』 シニツァ・ドラギン監督、シモーナ・ストイチェスクさん(女優)、イオアナ・バルブさん(女優) インタビュー(10/27)
『一粒の麦』では、複数の物語がやがてひとつに結びつけられていく。コソボで売春を強いられている娘を探すルーマニア人の父親と、ルーマニアで事故死した息子の遺体を探すセルビア人の父親。彼らがドナウ川を渡るときに出会う船頭は、200年前の伝説を語りだす。正教会の建設を禁じられた農民は、古い木造の教会を移築しようとするが…。
この作品が3作目となるシニツァ・ドラギン監督、自由奔放な娼婦ノラを演じたシモーナ・ストイチェスクさん、コソボで売春を強いられるイナを演じたイオアナ・バルブさんにお話をうかがった。
――この映画には、セルビアに生まれ、ルーマニアで映画の勉強をし、両方の世界をよく知る監督の視点が反映されているのではないかと思ったのですが。
シニツァ・ドラギン監督(以下 ドラギン): 共産主義の時代には、ドナウ川が二つの世界を隔てていました。ルーマニアの体制は非常に厳しく、セルビアにはどっちつかずのところがあったため、たくさんのルーマニア人が泳いだりボートでセルビアに逃げてきました。そんな背景もあって、映画に出てくる村では様々な人々がめまぐるしく行き交い、違法な行為が横行しています。私は東欧の国々を横切って流れるドナウ川を“血流”のように考えていて、この映画では、東欧を結びつけていく象徴として描きました。
――いまもチトーからもらった勲章をつけている父親と、おそらくは治安部隊としてコソボに派遣され、NATOの空爆に遭い、絶望してルーマニアに去った息子の関係ですが、紛争後にはそんな断絶があったのでしょうか?
ドラギン: ありました。私はこの脚本を書くにあたって、コソボ紛争に巻き込まれた人々についてかなりリサーチをしました。ですからセルビア人親子の断絶も事実ですし、多くのルーマニア人の娘さんたちが強制的にコソボに連れて行かれ、売春を強要されていたことも事実です。
――映画に描かれる伝説は、実際に語り伝えられているものなのでしょうか?
ドラギン: ルーマニアの北西部に伝わる伝説です。この映画を撮るきっかけとなったのが、10年前にこの伝説と出会ったことでした。映画の伝説の部分については、私がなにかを加えたというよりもむしろ短くしています。ただ最後のシーン、二人の男女が教会に導かれるところだけは私の脚色です。
――伝説の部分は撮影も大掛かりで、苦労もあったのではないでしょうか?
ドラギン: 教会を建てている大工さんに、伝説が伝わる土地の典型的な教会を作ってもらいました。通常の教会は移動すると壊れてしまうので、12トンという軽量の建物にし、引っ張っても大丈夫なように内部を梁などで補強してあります。最初のシーンでは実際に3頭の牛で引くことができましたが、冬のシーンでは凍っているため、3台のトラクターで引っ張らなければなりませんでした。
――この伝説を描くだけでなく、なぜ現代の物語と結びつけたのでしょうか?
ドラギン: 素晴らしい伝説というのは生きつづけているもので、現代を生きる登場人物にも何らかのかたちでそこに入り込んでもらいたいと思いました。だから、映画の最後で彼らは伝説のなかに入るわけですが、もしかすると明日にはまったく違う状況にある別の人物が、伝説の一部になるかもしれません。私は伝説はその国を表していると思います。世界が均質化していくのではなく、それぞれの国が素晴らしい伝説を持ち、個性や誇りを持つべきだというのが私の提唱です。
――ストイチェスクさんとバルブさんは、それぞれのキャラクターをどのように解釈して演じたのでしょうか?
シモーナ・ストイチェスク(以下 ストイチェスク): 私はテレビや舞台で何度も娼婦を演じてきましたが、ノラの場合は、とにかく人生を楽しもうという気持ちがコアにあると思います。実は複雑なことを考えているのかもしれないし、シンプルに生きることは決して簡単ではありませんが、彼女は本能に従ってそれをやっていると思いました。
イオアナ・バルブ(以下 バルブ): イナはすべてを奪われ、何もかも嫌になり終わらせようとする、そこまで追い詰められた女性だと思いました。私自身も演劇を通してそういう女性たちを支援するような活動をしているので、彼女たちがどういう状況に置かれているかよく知っています。売春をやめた後で、傷を癒すことができずに自殺してしまう人がかなりいるんです。
――この映画に出演したことは、お二人にとってどんな意味を持っていますか?
ストイチェスク: 私は内面的にすごく成長し、今後の演技にたいへんな影響を及ぼすと思っています。脚本を読んだ時点で素晴らしい映画になると思ってはいましたが、やはり実際に作品を観なければわかりません。実は、今日はじめて完成した映画を観て、素晴らしい作品に参加できたと実感しています。これからの人生にとって特別な作品になりました。
バルブ: 私は女優を続けていきたいと思っていますが、残念なことにルーマニアでは年に2、3本しか映画が作られないので、機会が限られています。この映画は2本目の出演作になりますが、最初にお話をいただいたときには躊躇もありました。レイプシーンを暴力的で残虐に描かれたらという不安がよぎったからですが、結果的に過激なシーンと教会のシーンなどを織り交ぜるような描き方をしていただいたので、出演してよかったと思っています。
伝説の世界と混沌とする現代の東欧、対照的な二人の娼婦、悲劇的な要素と喜劇的な要素、そして死者と生者。ドナウ川を漂う“幽霊教会”に導かれるようにすべてはひとつになる。タイトルが示唆するように、死から希望が生まれるラストには深い感動がある。
一粒の麦
この作品が3作目となるシニツァ・ドラギン監督、自由奔放な娼婦ノラを演じたシモーナ・ストイチェスクさん、コソボで売春を強いられるイナを演じたイオアナ・バルブさんにお話をうかがった。
©2010 TIFF
――この映画には、セルビアに生まれ、ルーマニアで映画の勉強をし、両方の世界をよく知る監督の視点が反映されているのではないかと思ったのですが。
シニツァ・ドラギン監督(以下 ドラギン): 共産主義の時代には、ドナウ川が二つの世界を隔てていました。ルーマニアの体制は非常に厳しく、セルビアにはどっちつかずのところがあったため、たくさんのルーマニア人が泳いだりボートでセルビアに逃げてきました。そんな背景もあって、映画に出てくる村では様々な人々がめまぐるしく行き交い、違法な行為が横行しています。私は東欧の国々を横切って流れるドナウ川を“血流”のように考えていて、この映画では、東欧を結びつけていく象徴として描きました。
©2010 TIFF
――いまもチトーからもらった勲章をつけている父親と、おそらくは治安部隊としてコソボに派遣され、NATOの空爆に遭い、絶望してルーマニアに去った息子の関係ですが、紛争後にはそんな断絶があったのでしょうか?
ドラギン: ありました。私はこの脚本を書くにあたって、コソボ紛争に巻き込まれた人々についてかなりリサーチをしました。ですからセルビア人親子の断絶も事実ですし、多くのルーマニア人の娘さんたちが強制的にコソボに連れて行かれ、売春を強要されていたことも事実です。
――映画に描かれる伝説は、実際に語り伝えられているものなのでしょうか?
ドラギン: ルーマニアの北西部に伝わる伝説です。この映画を撮るきっかけとなったのが、10年前にこの伝説と出会ったことでした。映画の伝説の部分については、私がなにかを加えたというよりもむしろ短くしています。ただ最後のシーン、二人の男女が教会に導かれるところだけは私の脚色です。
――伝説の部分は撮影も大掛かりで、苦労もあったのではないでしょうか?
ドラギン: 教会を建てている大工さんに、伝説が伝わる土地の典型的な教会を作ってもらいました。通常の教会は移動すると壊れてしまうので、12トンという軽量の建物にし、引っ張っても大丈夫なように内部を梁などで補強してあります。最初のシーンでは実際に3頭の牛で引くことができましたが、冬のシーンでは凍っているため、3台のトラクターで引っ張らなければなりませんでした。
――この伝説を描くだけでなく、なぜ現代の物語と結びつけたのでしょうか?
ドラギン: 素晴らしい伝説というのは生きつづけているもので、現代を生きる登場人物にも何らかのかたちでそこに入り込んでもらいたいと思いました。だから、映画の最後で彼らは伝説のなかに入るわけですが、もしかすると明日にはまったく違う状況にある別の人物が、伝説の一部になるかもしれません。私は伝説はその国を表していると思います。世界が均質化していくのではなく、それぞれの国が素晴らしい伝説を持ち、個性や誇りを持つべきだというのが私の提唱です。
――ストイチェスクさんとバルブさんは、それぞれのキャラクターをどのように解釈して演じたのでしょうか?
シモーナ・ストイチェスク(以下 ストイチェスク): 私はテレビや舞台で何度も娼婦を演じてきましたが、ノラの場合は、とにかく人生を楽しもうという気持ちがコアにあると思います。実は複雑なことを考えているのかもしれないし、シンプルに生きることは決して簡単ではありませんが、彼女は本能に従ってそれをやっていると思いました。
©2010 TIFF
イオアナ・バルブ(以下 バルブ): イナはすべてを奪われ、何もかも嫌になり終わらせようとする、そこまで追い詰められた女性だと思いました。私自身も演劇を通してそういう女性たちを支援するような活動をしているので、彼女たちがどういう状況に置かれているかよく知っています。売春をやめた後で、傷を癒すことができずに自殺してしまう人がかなりいるんです。
©2010 TIFF
――この映画に出演したことは、お二人にとってどんな意味を持っていますか?
ストイチェスク: 私は内面的にすごく成長し、今後の演技にたいへんな影響を及ぼすと思っています。脚本を読んだ時点で素晴らしい映画になると思ってはいましたが、やはり実際に作品を観なければわかりません。実は、今日はじめて完成した映画を観て、素晴らしい作品に参加できたと実感しています。これからの人生にとって特別な作品になりました。
バルブ: 私は女優を続けていきたいと思っていますが、残念なことにルーマニアでは年に2、3本しか映画が作られないので、機会が限られています。この映画は2本目の出演作になりますが、最初にお話をいただいたときには躊躇もありました。レイプシーンを暴力的で残虐に描かれたらという不安がよぎったからですが、結果的に過激なシーンと教会のシーンなどを織り交ぜるような描き方をしていただいたので、出演してよかったと思っています。
伝説の世界と混沌とする現代の東欧、対照的な二人の娼婦、悲劇的な要素と喜劇的な要素、そして死者と生者。ドナウ川を漂う“幽霊教会”に導かれるようにすべてはひとつになる。タイトルが示唆するように、死から希望が生まれるラストには深い感動がある。
(聞き手:大場正明)
一粒の麦
©MRAKONIA FILM, WEGA FILM