2010.10.30
[インタビュー]
コンペティション『わたしを離さないで』マーク・ロマネク監督インタビュー(10/30)
『わたしを離さないで』マーク・ロマネク監督 インタビュー
――ベストセラー小説を映画化することで苦心した点は?
マーク・ロマネク監督(以下 監督):アレックス・ガーランドが見事な脚本を書いてくれました。苦心したのは、繊細な感情の機微を描くことですね。独特のトーンに満ちた物語です。表面的にはSFですが、あからさまな表現はありません。こういった種類のSF映画はあまりないので、参考にできる作品も少なかったです。タルコフスキーの『ストーカー』や、トリュフォーの『華氏451』くらいですね。ですので、参考としてほかの作品を見ることはあまりしませんでした。
――映画化にあたり原作を変える必要を感じましたか?
監督:脚本のアレックスが必要なシーンを選び、原作のエッセンスを抽出しました。彼自身が小説家でもあるので、小説を一旦解体し、別の表現形式に構築しなおす方法はよく理解しており、まさに適任者でした。いくつか重要な変更や追加をしていますが、原作に惚れ込んでいるので、できる限り忠実に表現したかったのです。しかし、ほかの原作ものの映画と同じで、映画としてきちんと独立している必要もあります。
――SFだとおっしゃいましたが、物語は過去の設定で、でも実際に私たちが生きている世界とは違います。そういう世界を作りだす点において、特に注意したことは?
監督:SFの要素はサブテキストとして扱っています。この物語の独特のトーンは未来的な主題を別次元の過去に設定していることにありますが、映画はラブストーリーに重点を置きました。SFの要素は黙示的で、作品に緊張感と不思議な魅力を生み出しています。映像的にわざわざ強調する必要はありませんでした。イシグロは驚くほどシンプルな文章で書いていますので、私も映像でシンプルに描こうと心がけました。
――この物語の舞台はイギリスで、英国文化に根ざしていますが、ほかの場所でも成り立ちうると思いますか?
監督:可能だと思いますが、そのほうがいいかどうかは分かりません。イシグロは英国の作家ですが、日本的な繊細な精神性も持ち続けています。主に英国で育ちましたが、長崎で6歳まで過ごしています。彼の作品の特異な点のひとつは、舞台設定がどこであろうと、その日本的な感性が混淆している点です。日英ミックスの感性が興味深く共存していると私は思います。それは抑圧された感情であり、運命には逆らえないという諦観した思いでしょうか。
――観客の反応はいかがですか? 特に原作を知らない観客の反応は?
監督:正直に言うと、さまざまです。小説を読んでいなくても、物語に共感できる人は非常に深く感動しています。心を揺さぶられ、号泣し、言葉を失う人もいます。それは、この物語に自分自身の人生を投影し、多くの厳しい問いを突きつけられるからだと思います。それを不愉快に感じる人は、作品にも共感しないようです。原作を読んだ観客の多くは、映画での描かれ方に満足しています。忠実に表現しているからでしょう。原作を読んでいない人は、私が初めて原作を読んだときと同じような感覚で、映画を捉えています。小さな謎の数々が明らかになり、ねじれて、驚きを生み出すことを楽しんでもらっているようです。
――ラブストーリーだと言われましたが警告的な物語でもありますか?
監督:警告的ではありますが、バイオテクノロジーの脅威を示しているわけではありません。この映画が描いているのは、人はいずれ死ぬ運命にあり、時間は限られているということです。その事実を意識せざるを得なくなったときに、何を最優先にするのか、という問いを観客に投げかけています。運がよければこの世にいるのはせいぜい80~90年です。私が思うにイシグロは、重要なのは愛や友情であり、人に対する尊敬の念であると言っているのではないでしょうか。そのことを忘れてはならないと私たちに警告しているのだと思います。
――主演の3人は当初からの想定ですか?
監督:そうです。原作も脚本もすばらしかったので、かなり多くの若手俳優の候補がいましたが、最初に起用したいと思った3人に決まりました。『17歳の肖像』のキャリー・マリガンを見て、キャシー役に完ぺきな女優だと思いました。アンドリュー・ガーフィールドは、『BOY A』で見ました。非常にすばらしい作品でしたが、残念ながらこの作品を知る人は多くないですね。でも彼の演技は、キャリーの『17歳の肖像』の演技に匹敵するくらい見事でした。すばらしい若手俳優です。キーラ・ナイトレイは、キャリーの配役を知って連絡してきました。彼女のエージェントが「ルース役は決まったのか」と問い合わせてきたのです。彼女はキャリーとの共演を熱望していました。彼女たちは友人で、キーラはキャリーの演技を高く評価しています。
――キーラ・ナイトレイの本作での演技はこれまでのイメージとは違いますね。
監督:すばらしい演技でしたよ。いつもの魅力的な役柄とは違う、敵役を演じることを楽しんでいました。
――3人の子供時代を演じる子役は、それぞれによく似ていました。
監督:その点にはかなりこだわりました。才能ある子役が必要でした。映画の最初の20分を任せるわけですから。子役から大人役にうまく引き継げていない映画は多いと思います。
――決して明るい話ではないが、重苦しくなく仕上がっています。バランスをとるのは難しかったのでは?
監督:悲しく心をかき乱されるような物語ですが、イシグロは極めて美しく、穏やかに書いています。とても優しい筆致です。それを映画にも反映させたいと思いました。美しく描かなければ、陰気になりすぎる可能性がありました。しかし、鮮明な色を用いるのは合わないかなとも考えました。劇中のすべてのものは古く、使い込まれた感じで、時の経過を表しました。衣装はチャリティーに寄付されたものです。ほかに思いつきませんでしたが、美しく心地よい画にしたかったのです。音楽もすばらしく陰鬱な物語になるのを防いでくれています。ラストは感動的で希望に満ちていると思います。キャシーは勇敢にも自分の人生における立場を受け入れ、死ぬべき運命にある事実を受け入れます。見習うべき姿ですね。
――観客もそのように感じると思いますか?
監督:何人もの人に、映画を見終わったあと、長く連絡をとっていなかった大切な人や親戚に電話をしたと言われました。愛する人や家族や友人をいたわることを忘れていたことに気づかされたからでしょう。つい、当たり前のことにように思ってしまい、今という時間がどれほど貴重なことなのかを忘れがちです。人生はいかに貴重で短いのかということを思い出してもらえるきっかけとなればいいですね。
『わたしを離さないで』
©2010 TIFF
――ベストセラー小説を映画化することで苦心した点は?
マーク・ロマネク監督(以下 監督):アレックス・ガーランドが見事な脚本を書いてくれました。苦心したのは、繊細な感情の機微を描くことですね。独特のトーンに満ちた物語です。表面的にはSFですが、あからさまな表現はありません。こういった種類のSF映画はあまりないので、参考にできる作品も少なかったです。タルコフスキーの『ストーカー』や、トリュフォーの『華氏451』くらいですね。ですので、参考としてほかの作品を見ることはあまりしませんでした。
――映画化にあたり原作を変える必要を感じましたか?
監督:脚本のアレックスが必要なシーンを選び、原作のエッセンスを抽出しました。彼自身が小説家でもあるので、小説を一旦解体し、別の表現形式に構築しなおす方法はよく理解しており、まさに適任者でした。いくつか重要な変更や追加をしていますが、原作に惚れ込んでいるので、できる限り忠実に表現したかったのです。しかし、ほかの原作ものの映画と同じで、映画としてきちんと独立している必要もあります。
――SFだとおっしゃいましたが、物語は過去の設定で、でも実際に私たちが生きている世界とは違います。そういう世界を作りだす点において、特に注意したことは?
監督:SFの要素はサブテキストとして扱っています。この物語の独特のトーンは未来的な主題を別次元の過去に設定していることにありますが、映画はラブストーリーに重点を置きました。SFの要素は黙示的で、作品に緊張感と不思議な魅力を生み出しています。映像的にわざわざ強調する必要はありませんでした。イシグロは驚くほどシンプルな文章で書いていますので、私も映像でシンプルに描こうと心がけました。
――この物語の舞台はイギリスで、英国文化に根ざしていますが、ほかの場所でも成り立ちうると思いますか?
監督:可能だと思いますが、そのほうがいいかどうかは分かりません。イシグロは英国の作家ですが、日本的な繊細な精神性も持ち続けています。主に英国で育ちましたが、長崎で6歳まで過ごしています。彼の作品の特異な点のひとつは、舞台設定がどこであろうと、その日本的な感性が混淆している点です。日英ミックスの感性が興味深く共存していると私は思います。それは抑圧された感情であり、運命には逆らえないという諦観した思いでしょうか。
――観客の反応はいかがですか? 特に原作を知らない観客の反応は?
監督:正直に言うと、さまざまです。小説を読んでいなくても、物語に共感できる人は非常に深く感動しています。心を揺さぶられ、号泣し、言葉を失う人もいます。それは、この物語に自分自身の人生を投影し、多くの厳しい問いを突きつけられるからだと思います。それを不愉快に感じる人は、作品にも共感しないようです。原作を読んだ観客の多くは、映画での描かれ方に満足しています。忠実に表現しているからでしょう。原作を読んでいない人は、私が初めて原作を読んだときと同じような感覚で、映画を捉えています。小さな謎の数々が明らかになり、ねじれて、驚きを生み出すことを楽しんでもらっているようです。
――ラブストーリーだと言われましたが警告的な物語でもありますか?
監督:警告的ではありますが、バイオテクノロジーの脅威を示しているわけではありません。この映画が描いているのは、人はいずれ死ぬ運命にあり、時間は限られているということです。その事実を意識せざるを得なくなったときに、何を最優先にするのか、という問いを観客に投げかけています。運がよければこの世にいるのはせいぜい80~90年です。私が思うにイシグロは、重要なのは愛や友情であり、人に対する尊敬の念であると言っているのではないでしょうか。そのことを忘れてはならないと私たちに警告しているのだと思います。
©2010 TIFF
――主演の3人は当初からの想定ですか?
監督:そうです。原作も脚本もすばらしかったので、かなり多くの若手俳優の候補がいましたが、最初に起用したいと思った3人に決まりました。『17歳の肖像』のキャリー・マリガンを見て、キャシー役に完ぺきな女優だと思いました。アンドリュー・ガーフィールドは、『BOY A』で見ました。非常にすばらしい作品でしたが、残念ながらこの作品を知る人は多くないですね。でも彼の演技は、キャリーの『17歳の肖像』の演技に匹敵するくらい見事でした。すばらしい若手俳優です。キーラ・ナイトレイは、キャリーの配役を知って連絡してきました。彼女のエージェントが「ルース役は決まったのか」と問い合わせてきたのです。彼女はキャリーとの共演を熱望していました。彼女たちは友人で、キーラはキャリーの演技を高く評価しています。
――キーラ・ナイトレイの本作での演技はこれまでのイメージとは違いますね。
監督:すばらしい演技でしたよ。いつもの魅力的な役柄とは違う、敵役を演じることを楽しんでいました。
――3人の子供時代を演じる子役は、それぞれによく似ていました。
監督:その点にはかなりこだわりました。才能ある子役が必要でした。映画の最初の20分を任せるわけですから。子役から大人役にうまく引き継げていない映画は多いと思います。
――決して明るい話ではないが、重苦しくなく仕上がっています。バランスをとるのは難しかったのでは?
監督:悲しく心をかき乱されるような物語ですが、イシグロは極めて美しく、穏やかに書いています。とても優しい筆致です。それを映画にも反映させたいと思いました。美しく描かなければ、陰気になりすぎる可能性がありました。しかし、鮮明な色を用いるのは合わないかなとも考えました。劇中のすべてのものは古く、使い込まれた感じで、時の経過を表しました。衣装はチャリティーに寄付されたものです。ほかに思いつきませんでしたが、美しく心地よい画にしたかったのです。音楽もすばらしく陰鬱な物語になるのを防いでくれています。ラストは感動的で希望に満ちていると思います。キャシーは勇敢にも自分の人生における立場を受け入れ、死ぬべき運命にある事実を受け入れます。見習うべき姿ですね。
――観客もそのように感じると思いますか?
監督:何人もの人に、映画を見終わったあと、長く連絡をとっていなかった大切な人や親戚に電話をしたと言われました。愛する人や家族や友人をいたわることを忘れていたことに気づかされたからでしょう。つい、当たり前のことにように思ってしまい、今という時間がどれほど貴重なことなのかを忘れがちです。人生はいかに貴重で短いのかということを思い出してもらえるきっかけとなればいいですね。
(聞き手:フィリップ・ブレイザー)
『わたしを離さないで』