2010.11.01
[インタビュー]
アジアの風 台湾電影ルネッサンス2010~オープニング作品『モンガに散る』イーサン・ルアン インタビュー
2010年の台湾で、初日興行収入で『アバター』を抜いた大ヒット作『モンガに散る』が<台湾電影ルネッサンス2010~美麗新世代>で上映された。ホウ・シャオシャン監督の愛弟子と称されるニウ・チェンザーの映画監督第二作目となる本作は、第83回アカデミー賞外国語映画賞の台湾代表正式選定作品になるなど世界からの注目度も高い。舞台は、台北の中心街であり、黒社会の抗争も絶えないモンガ。喧嘩三昧の日々を送る高校生5人が極道の世界に入り、抗争に巻き込まれていく姿を活写した映像には圧倒されるばかり。若者のひとり<モンク>を演じて第47回台湾金馬奨の主演男優賞候補になったイーサン・ルアンが、スクリーンさながらに<結束>の芽生えた撮影現場を語る。
――キャスティングはどのように?
まず、この作品の企画がスタートした時点では、モンクはジェイ・チョウが演じるはずでした。だから、僕の名前などまったくあがっていなかった。しかし彼が降板してキャスティングが一層し、ドラマで監督と仕事をしてきた僕の名前が出て。最初は、組長のひとり息子のドラゴン役を演じるはずだったのですが、いろいろディスカッションをしているうちに僕とモンクが似てると監督が思いだしたのです。僕とドラゴンの共通点は、いつも誰かに認められたいと思っていることろ。その強い思いが役の核にもなっていますから。ただし、監督には「とても難しい役だよ」と釘を刺されましたが(笑)。
――凄みのある力強い演技はどのようにして?
クランク・インの前の2ヶ月間、みっちりとトレーニングをしました。武術や格闘技のほかにメンタルトレーニングもして、撮影開始の頃にはすっかりモンクになりきってました。僕は、これまでドラマ中心のキャリアでしたが、映画がドラマと違うのは、観客がチケットを買って見にきてくれること。ですから、観客がスクリーンを観た時に、僕がモンクそのものでなかったら、ダメだという意識がありました。
――坊主頭にしたアイデアはどこから?
僕です。僕の髪は剛毛で、他の人より15分も長くセットにかかる。放っておくとジェームズ・ディーンもどきの酷い格好になってしまう。だからセットが面倒くさいこともあって、監督に「坊主頭なら髪を引っ張られないから、喧嘩には有利。喧嘩が強そうに見える」と提案して。監督も「いいんじゃないか」となって、即、僕は坊主に。翌日に監督が「やっぱり坊主はなし」と言った時には、後の祭りだったんですよ(笑)。モンクになりきる必須アイテムがありましてね。この坊主頭に背中の刺青。そして腕に巻いた数珠。これがそろえば瞬時にしてイーサンからモンクに変われるから、演じやすかったです。
――とはいえ、監督に泣かされたシーンもあったと聞きましたが?
泣かされたというか、罵倒されたというか(笑)。ラストのほうで、義兄弟の契りを結んだモスキートが倒れ、それを抱いて泣くシーンですね。ものすごくエモーショナルなシーンなんです。監督は僕の生い立ちから下積み時代の苦労も、すべて知ってますから。そのシーンの撮影中に、「ここで諦めるのか、がむしゃらに向かっていくのか! ここで失敗したら、お前は台中に帰って、靴でも売るしかないんだぞ!」とか。煽る、煽る(笑)。おかげで、僕は半分精神崩壊の状態で演技をして。ま、それがすごく良かったんですけど」
――完成作を見た感想は?
最初は演技のダメなところやスムーズにいかなかったシーンが気になってたけれど、途中から5人の仲間意識の芽生えや、さらされる不条理に感情移入して。本当に仲が良かったのにと、最後は泣いてました。他の共演者と観ていたんですが、全員、涙でしたね。
――共演者とはスクリーさながらの結束が?
2ヶ月間のトレーニングも撮影中もずっと一緒だし、みんな役柄になりきってましたから。スクリーン同様の関係が出来て。5人が結束して、いつも敵役のドッグをいじめてました。ドッグを演じたチェン・ハイティエンは可哀相でした。朝から僕らに囲まれて、因縁付けられて、ボコボコにされて(笑)。現場では、おのずと役割ができて、アペイ役のホァン・トンユーは使いっぱしり。おいしい店を探してきたり。誰も付き合ってくれない時はドラゴン役のリディアン・ヴォーンを誘えば大丈夫。何を言っても「わかった」と入ってくれる、頼りになる人。真面目に演技のことなどを話したいならマーク・チャオ。演じたモスキートに似て真面目で優しい。いちばん落ち着いていて、大人ですね。僕の役割は、監督のご機嫌伺い。いちばん長く付き合ってるから、今日は雲行きが悪いとか、機嫌が良いとすぐに読める。みんなに重宝がられました(笑)」
――ベルリン国際映画祭やカンヌ国際映画祭、そして東京国際映画祭などに参加し、世界的な注目を集めた感想は?
この作品のおかげで世界に出られたことは感謝しています。でも、もっと努力をする余地があるというのが、正直な感想です。ベルリンやカンヌに一緒に行ったマーク・チャオと誓いを立てたんです。何年か後に作品を持って、また同じように世界を回ろうと。そしてその時は、今回よりもっと多くのメディアの注目と観客を集めよう。そういう作品を作ろうと、誓いました。そしてもうひとつ、ニウ監督とも約束しました。じつは、僕が金馬奨の最優秀男優賞にノミネートされたことは嬉しかったけれど、作品賞や監督賞にまったく名前が挙がらなかったことが残念でたまらない。監督にそれを伝えると、「大丈夫です。来年がんばりましょう」と。すでに次回作を一緒に作る子とを約束してますから、今度こそみんなで! という思いでいます。
来年の東京国際映画祭には、再びニウ・チャンザー監督、イーサン・ルアン主演の新作、それも飛び切り活きの良い秀作をを引っさげて、参加してくれることを期待したい。
『モンガに散る』
→作品詳細
10/24 舞台挨拶登壇時のイーサン・ルアンさん
©2010 TIFF
©2010 TIFF
――キャスティングはどのように?
まず、この作品の企画がスタートした時点では、モンクはジェイ・チョウが演じるはずでした。だから、僕の名前などまったくあがっていなかった。しかし彼が降板してキャスティングが一層し、ドラマで監督と仕事をしてきた僕の名前が出て。最初は、組長のひとり息子のドラゴン役を演じるはずだったのですが、いろいろディスカッションをしているうちに僕とモンクが似てると監督が思いだしたのです。僕とドラゴンの共通点は、いつも誰かに認められたいと思っていることろ。その強い思いが役の核にもなっていますから。ただし、監督には「とても難しい役だよ」と釘を刺されましたが(笑)。
――凄みのある力強い演技はどのようにして?
クランク・インの前の2ヶ月間、みっちりとトレーニングをしました。武術や格闘技のほかにメンタルトレーニングもして、撮影開始の頃にはすっかりモンクになりきってました。僕は、これまでドラマ中心のキャリアでしたが、映画がドラマと違うのは、観客がチケットを買って見にきてくれること。ですから、観客がスクリーンを観た時に、僕がモンクそのものでなかったら、ダメだという意識がありました。
――坊主頭にしたアイデアはどこから?
僕です。僕の髪は剛毛で、他の人より15分も長くセットにかかる。放っておくとジェームズ・ディーンもどきの酷い格好になってしまう。だからセットが面倒くさいこともあって、監督に「坊主頭なら髪を引っ張られないから、喧嘩には有利。喧嘩が強そうに見える」と提案して。監督も「いいんじゃないか」となって、即、僕は坊主に。翌日に監督が「やっぱり坊主はなし」と言った時には、後の祭りだったんですよ(笑)。モンクになりきる必須アイテムがありましてね。この坊主頭に背中の刺青。そして腕に巻いた数珠。これがそろえば瞬時にしてイーサンからモンクに変われるから、演じやすかったです。
©2010 Green Days Film Co. Ltd. Honto Production All Rights Reserved.
――とはいえ、監督に泣かされたシーンもあったと聞きましたが?
泣かされたというか、罵倒されたというか(笑)。ラストのほうで、義兄弟の契りを結んだモスキートが倒れ、それを抱いて泣くシーンですね。ものすごくエモーショナルなシーンなんです。監督は僕の生い立ちから下積み時代の苦労も、すべて知ってますから。そのシーンの撮影中に、「ここで諦めるのか、がむしゃらに向かっていくのか! ここで失敗したら、お前は台中に帰って、靴でも売るしかないんだぞ!」とか。煽る、煽る(笑)。おかげで、僕は半分精神崩壊の状態で演技をして。ま、それがすごく良かったんですけど」
――完成作を見た感想は?
最初は演技のダメなところやスムーズにいかなかったシーンが気になってたけれど、途中から5人の仲間意識の芽生えや、さらされる不条理に感情移入して。本当に仲が良かったのにと、最後は泣いてました。他の共演者と観ていたんですが、全員、涙でしたね。
――共演者とはスクリーさながらの結束が?
2ヶ月間のトレーニングも撮影中もずっと一緒だし、みんな役柄になりきってましたから。スクリーン同様の関係が出来て。5人が結束して、いつも敵役のドッグをいじめてました。ドッグを演じたチェン・ハイティエンは可哀相でした。朝から僕らに囲まれて、因縁付けられて、ボコボコにされて(笑)。現場では、おのずと役割ができて、アペイ役のホァン・トンユーは使いっぱしり。おいしい店を探してきたり。誰も付き合ってくれない時はドラゴン役のリディアン・ヴォーンを誘えば大丈夫。何を言っても「わかった」と入ってくれる、頼りになる人。真面目に演技のことなどを話したいならマーク・チャオ。演じたモスキートに似て真面目で優しい。いちばん落ち着いていて、大人ですね。僕の役割は、監督のご機嫌伺い。いちばん長く付き合ってるから、今日は雲行きが悪いとか、機嫌が良いとすぐに読める。みんなに重宝がられました(笑)」
――ベルリン国際映画祭やカンヌ国際映画祭、そして東京国際映画祭などに参加し、世界的な注目を集めた感想は?
この作品のおかげで世界に出られたことは感謝しています。でも、もっと努力をする余地があるというのが、正直な感想です。ベルリンやカンヌに一緒に行ったマーク・チャオと誓いを立てたんです。何年か後に作品を持って、また同じように世界を回ろうと。そしてその時は、今回よりもっと多くのメディアの注目と観客を集めよう。そういう作品を作ろうと、誓いました。そしてもうひとつ、ニウ監督とも約束しました。じつは、僕が金馬奨の最優秀男優賞にノミネートされたことは嬉しかったけれど、作品賞や監督賞にまったく名前が挙がらなかったことが残念でたまらない。監督にそれを伝えると、「大丈夫です。来年がんばりましょう」と。すでに次回作を一緒に作る子とを約束してますから、今度こそみんなで! という思いでいます。
左からリー・リエさん(プロデューサー)、マーク・チャオさん(俳優)、イーサン・ルアンさん(俳優)、ニウ・チェンザー監督(10/24 舞台挨拶登壇時)
©2010 TIFF
©2010 TIFF
来年の東京国際映画祭には、再びニウ・チャンザー監督、イーサン・ルアン主演の新作、それも飛び切り活きの良い秀作をを引っさげて、参加してくれることを期待したい。
(聞き手:金子裕子)
『モンガに散る』
→作品詳細